スマイル宣言2015

今、東別院境内で灯されているのは東日本大震災で、犠牲になられた方と同じ数の 15,890 本の追悼キャンドルです。
未だに行方のわからない方は 2,590 人、震災関連死といわれる方は 3,000 人を超えています。

追悼キャンドルは、まだ暖かかった 10 月 25 日から作り始めました。 作業は、毎週、月、水、金、土、日の朝から夕方まで。 そして、寒さが厳しくなった 2 月には夜もキャンドルを作り続けました。 完成したのは 5 日前 3 月 2 日。4 ヶ月に渡る作業日数は実に 90 日以上。
10 数人のボランティアさんを中心に、のべ 1,000 人以上もの方々の力で作り上げました。

「震災の記憶も風化している今、15,890 本のキャンドルを作るなんて無謀な企てだ」、 「今どき無理だって!」、「3 分の 1 がいいところでしょう」 という冷ややかな声も聞こえていました。 私たちも簡単にできるはずはないと思っていました。 しかし、全く無理だとは思っていませんでした。

なぜなら、愛知ボラセンに集うボランティアさんの震災の記憶は風化していないからです。 愛知ボラセンにはこれまでの 3 年以上の経験の蓄積と、人と人の絆があります。 大変なこと、困難なことでも、犠牲者・被災者のために意義があると感じれば、 それをやりきる経験と知恵に裏付けられた見事な力を、 愛知ボラセンに集うボランティアさんたちは持っています。

皆さんの周りで、切なくも暖かく揺らめく 15,890 本のキャンドルは、 こうしたボランティアさんたちの犠牲者、被災者への想いが集まって作られたものです。

 今、東別院の境内には、大震災でお父さんお母さんを亡くした 小学校6年生から大学 2 年生までの 15 人の子どもたちもいます。 その周りにはこの子どもたちとともに、笑い、悩み、涙を流す 19 人の愛知の学生たちがいます。 さらにその周りを私たちが大きく暖かく包み込んでいます。 東北と愛知の学生が交流する「でらえぇ~友だちつぐっぺぇ笑顔プロジェクト」。 このプロジェクトも、もう 5 回目になりました。

「夜の語る会が私にはとても良い時間でした。 今までなかなか友だちに言えなくて悩んでいたことを話せて、気持ちが楽になりました。 また、同じような境遇の友だちの話しを聞いて、少し心強くなりました。 私は同じ高校の子や地元の子に、父が津波で亡くなったってことを話すと どう思われるんだろう...って思ってしまい、怖くてなかなか話せなくて、 でも本心では誰かに聞いてほしくて...って悩んでいました。 その時に「でらえぇ~」があり、同じ境遇の子から話を聞いて。 名古屋の友だちも東北の友だちもみんな 「自分が思ってること何でも話してね」、「ゆっくりで大丈夫だよ」、「いつでも待ってるから」 などと声をかけてくれて、話そうって勇気が出ました。 実際に話をすると、とても楽な気持ちになりました。 最初から最後まで楽しい行事、時には真剣に震災について話したりなど、 とても濃い日々でした。これこそ、ほんとうの「絆」だと実感しました。」

愛知ボラセンは、震災で、お父さんお母さんを亡くした子どもたちへの応援活動を続けていま す。現在、4,907 人のサポーターさんから 8,533 口の応援金をお預かりしています。この 3 年間 にのべ 2,981 人の子どもたちに総額 1 億 9,800 万円の応援金を送ってきました。 頂いたお手紙をご紹介させていただきます。 

「お世話になっております。いつもあたたかいご支援ありがとうございます。 私達被災者にとって、震災の事を忘れ去られていくのが、一番辛く悲しい事のように思います。 愛知ボランティアセンターの皆様はじめ、サポーターの方々が一生懸命活動されていること、 とても嬉しく、心より感謝いたします。 お陰様で、子ども達も元気を取り戻してきております。 皆様のお気持ちを励みにこれからも母子、力を合わせて頑張っていきたいと思います。 ありがとうございます。」

    「震災から4年もたつのだから、もうボランティアは必要ないのではないか」
               と言われることがあります。
      しかし、最近、仮設住宅に住む方が次のようなことを話されました。
       「大震災の前、多くの被災者の生活レベルは「プラス」でした。
             ボランティアさんたちと同じようにね。
         でも、今、私たちの生活レベルは「マイナス」です。
  だから、せめて、どうにか「ゼロ」にまでは持っていきたいと、もがいているんです。
「ゼロ」になって、ようやく、どうしたら「プラス」になれるのかと考えられると思うんです。
       だけど、すぐにでも「プラス」になりたいとつい思ってしまう。
       「マイナス」から一気に「プラス」になんてできっこないのに。
         だから、気持ちにいろいろなゆがみが生じてしまう。
   一日のうちでさえ、何とかなると思える時、なんでこうなっちゃったのと思う時、
 生きていてよかったのだろうかと思ってしまう時......、まだまだ心に安らぎがないんです。
       そして、私は自分のそういう心の不安定さに疲れているんです」
   4年たっても仮設住宅暮らし。世間から忘れられ、取り残されているような不安。
       4年間の疲れがたまりきっている被災者の姿が思い浮かびます。


被災者が安らぎを得られるようになるには・・・。
      地域の明るい未来に自分たちの未来を重ねあわせることができたら、
         少しは安らぎを得られるようになるのかもしれません。


2014 年、宮城県石巻市牡鹿半島十八成浜では、被災者と私たち、
そして行政も関わって「十八成浜桃源郷プロジェクト」が始動しました。
震災前、美しい砂浜が広がっていた十八成浜。それは十八成浜の住民の誇りでした。
しかし、地震と津波によってその砂浜は海の中に沈んでしまいました。



被災者で構成する一般社団法人十八成ビーチ・海の見える丘協議会は、
海に沈んだ天然の砂浜の再生と、津波で流された低平地に砂を入れて造る人工砂浜をあわせて、
広い砂浜公園を造り、十八成浜の賑わいを創出するプランを 2013 年に策定しました。
このプランは 2014 年に石巻市が 8 億 5,000 万円の予算をつけて正式な復興計画となりました。
さらに十八成浜を 1,800 本の花の咲く木で
美しい浜にするプログラムも 2014 年末から始めました。



第 1 期としてアーモンドの苗木 150 本、ヤマザクラの苗木 30 本を植樹しました。
十八成浜では今年の年末には高台に復興住宅ができます。



5 年近くたってようやくですが、それでも牡鹿半島の中では早いほうです。
復興住宅ができたからといって心の安らぎが得られるわけではないでしょう。
被災者の皆さんの生活が安らぎに満ちたものにすることができるように、
愛知ボランティアセンターは5年目も、そしてその先も十八成浜の皆さんを、
そして被災者の皆さんを応援していくことを誓い、「Smile 宣言 2015」とします。



2015 年 3 月 7 日
特定非営利活動法人被災者応援 愛知ボランティアセンター
理事長:久田光政 副理事長:田中涼子